東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)49号
原告
山田勇
被告
池袋労働基準監督署長藤野孝善
右指定代理人
林茂保
同
堀千紘
同
岩月兼男
同
松本知明
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して昭和五四年一二月一二日付け及び同月二六日付けでした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく休業補償給付を支給しない旨の決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、東洋建設株式会社が施行する水道管埋設工事に土工として従事中、昭和五三年一一月二六日午後一一時三〇分ころ、保安柵を移動する際、腰部に痛みを感じ、翌二七日志村橋外科病院で受診して腰椎捻挫と診断され、昭和五四年一月一八日まで治療を受け、同月一九日に都立豊島病院に転院し、腰椎捻挫、変形性腰椎症と診断され、同年四月一一日まで治療を受け、同月一二日に浅野病院に転院し、腰椎捻挫と診断され、同年一一月三〇日まで治療を受けた。
2 原告は、被告に対し、右傷病は業務上の事由によるものであるとして昭和五三年一一月二七日から昭和五四年一一月三〇日までの休業補償給付の請求をした。被告は、昭和五三年一一月二七日から昭和五四年五月一一日までの休業補償給付を支給し、同年五月一二日以降の休業補償給付請求については、原告の休業が療養のため労働することができなかったとは認められないとして、同年一二月一二日及び同月二六日付けで不支給処分(以下「本件処分」という。)をした。
原告は、本件処分を不服として昭和五五年二月八日に東京労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同審査官は同年八月二八日付けをもって右請求を棄却した。原告は、この決定を不服として、同年一〇月二四日、労働保険審査会に対して再審査請求をしたところ、同審査会は、昭和五六年一二月二一日付けをもって再審査請求を棄却した。
3 しかしながら、本件処分は、原告が療養のため労働することができなかったにもかかわらず、事実を誤認し、又は、裁量権を濫用し、原告が療養のため労働することができなかったとは認められないとして、休業補償給付を支給しない旨決定した違法な行政処分である。本件処分の違法性は、次の事実からも明らかである。
(一) 業務上の疾病に対しては、その症状が固定し、治癒するまでの期間中、被告は労災保険法による療養補償給付及び休業補償給付を支給する義務があるところ、被告は原告に対し、昭和五三年一一月二七日から昭和五四年一一月三〇日まで療養補償給付を支給した。この間、原告は療養のため休業せざるを得なかった。したがって、右期間につき休業補償給付も支給されるべきである。現に昭和五三年一一月二七日から昭和五四年五月一一日までは、被告も休業補償給付を支給しているのであるから、同月一二日以降も治癒に至るまで支給するのが当然である。
(二) 原告の業務上の事由による疾病は、昭和五四年五月一二日には治癒していない。このことは、医師浅野寛四作成の同年一一月二〇日付け診断書に、「今月にて症状の固定とし、治ゆとす」との記載があることからも明らかである。そして、腰痛という疾病は、治癒しない間は、軽作業もできない。
(三) 本件処分の理由は、「療養のため労働することができなかったとは認められない。」というものであった。ところが、被告が本件訴訟で主張している処分理由は、後記のとおり、「原告の疾病は昭和五四年五月一二日には治癒している。」というものであるから、これは処分理由の差替えに当たり、信義則上許されない。
(四) なお、原告は、本件受傷当時、重労働に従事し、高い賃金を得ていたから、それより低い労働条件で雇用契約に応じる義務はない。したがって、本件受傷当時より低い労働条件でなければ雇用されない場合は、労働することができない場合に当たる。
4 よって、原告は、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告が昭和五四年一一月三〇日まで浅野病院で治療を受けた点を除き、その余の事実は認める。原告が浅野病院で治療を受けたのは、昭和五四年一一月二六日までである。
2 同2は認める。
3 同3の冒頭部分は争う。
同3(一)のうち、被告は原告に対し、昭和五三年一一月二七日から昭和五四年一一月二六日まで療養補償給付を支給したこと、被告は、昭和五三年一一月二七日から昭和五四年五月一一日まで休業補償給付を支給したことは認めるが、その余は争う。
同3(二)のうち、医師浅野寛四作成の昭和五四年一一月二〇日付け診断書に、「今月にて症状の固定とし、治ゆとす」との記載があることは認めるが、その余は否認する。
4 同4は争う。
三 本件処分の正当性に関する被告の主張
1 労災保険法上の休業補償給付は、労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けないことが要件とされている(労災保険法一四条一項)ので、負傷又は疾病が治癒した後においては休業補償給付は支給されないことになる。労災保険法上の「治癒」とは、症状が安定し、疾病が固定した状態にあるもの、すなわち、治療の必要がなくなったものをいうのである。その結果として、残された欠損、機能障害、神経症状等が残存した場合、障害補償の対象となるものである(同法一五条)。
2 原告が昭和五三年一一月二七日から昭和五四年一月一八日までの間受療した志村橋外科病院の島田孝医師は、傷病の状態について次のとおり診断している。
(一) 治療効果の有無及びその程度
一進一退して効果は余りないものと思われる。
(二) 治癒見込年月日
昭和五四年三月三〇日頃。
(三) 就業治療の可否
軽作業は可能。
3 また、原告が昭和五四年一月一九日から同年四月一一日までの間受療した豊島病院整形外科の阿部績医師は、傷病の状態について次のとおり診断している。
(一) 現症及び処置
昭和五四年四月一六日現在、疼痛は緩解し、仕事が出来そうだとの申し出あり。しかし、レ線上は変形性腰椎症の変化が強度で、骨棘形成著明、服薬は四月一六日以後当科では中止。
(二) 治癒見込年月日
昭和五四年四月一六日転医せるもほとんど治癒。
(三) 就業治療の可否。
恐らく就業可。
(四) その他
通常の捻挫による疼痛が、通常の治療を受けたのちに、四~五か月経ても持続するとは考え難い。
4 更に、原告が昭和五四年四月一二日から同年一一月二六日までの間受療した浅野病院の浅野寛四医師は、傷病の状態について、次のとおり診断している。
(一) 現症及び処置
症状の改善あり、軽作業は可能と思われ、他覚所見はほとんどなく、自覚症状のみとなった。
(二) 検査を行っていれば、その成績所見
現在の所見よりは、症状の固定としか認められない。
(三) 就業治療の可否
就業は可能です。
(四) その他
本人に働くように説明した。
また、同医師は、原告の傷病の状態に関し、次のとおり所見を述べている。
(一) 初診時の状況及び治療経過
自覚症状の主訴のみである。大腿のしびれ、長時間立っていられない。
(二) 現症及び処置
理学療法と投薬のみ。
(三) 検査を行っていればその成績所見
現在特にしていない、必要がない。
(四) 治療効果の有無及びその程度
症状固定、初診と現症では同じである。
(五) 就業治療の可否
症状固定、就業可能として再三指導し、指示して来たが、医師法をたてに強く診療を主張するのでやむなく診療を継続、休業の不証明に至った。
(六) その他
私や事務員、若い先生等へ大きな声で強く休業証明を主張しているが、院長又医師の良心としても休業必要の証明は出来ない。職員もこわがっており、署の指導を願いたい。
5 以上、志村橋外科病院の島田孝医師、豊島病院整形外科の阿部績医師、浅野病院の浅野寛四医師の傷病の状態に関する診断書及び浅野寛四医師の所見並びに昭和五四年五月一二日以降の休業補償給付請求書の診療担当者の証明欄には原告に対して治療を行った浅野病院の浅野寛四医師の証明がない事実から、被告は原告の業務上による傷病は遅くとも昭和五四年五月一二日には治癒していると認定し、本件処分を行ったものである。
なお、原告は昭和五四年一一月に症状固定・治癒した旨の所見のある浅野病院浅野寛四医師の診断書(甲第一号証)を提出しているが、前記4の後段の(五)、(六)の事実及び昭和五四年五月一二日以降の休業補償給付請求書の診断担当者の証明欄に、原告に対して治療を行った浅野病院の浅野寛四医師の証明がない事実から、右診断書は浅野寛四医師の自由意志に基づいて作成されたものではなく、信用性に欠けるというべきである。
6 仮に、原告の傷病が昭和五四年五月一二日に治癒していなかったとしても、前記三の2ないし5記載の事実によれば、同日以降は、原告が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができなかったとは認められない。
7 したがって、本件処分は正当であり、原告の請求は棄却されるべきである。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張3(一)のうち、原告から仕事が出来そうだとの申し出があったことは否認する。
2 同4の後段(五)のうち、原告が医師法をたてに強く診療を主張するので、浅野寛四医師はやむなく診療を継続したこと、及び同4の後段(六)のうち、原告が浅野寛四医師や病院の事務員、若い先生等に大きな声で強く休業証明をするよう主張していたことは否認する。
3 同5のうち、原告の業務上による傷病は遅くとも昭和五四年五月一二日には治癒していること、及び、浅野寛四医師作成の昭和五四年一一月二〇日付け診断書が同医師の自由意志に基づいて作成されたものでないことは否認し、その余は争う。
第三証拠
証拠に関する事項は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因第1項の事実(受傷及び治療経過に関する事実。ただし、証人浅野寛四の証言によれば、原告が浅野病院で治療を受けたのは昭和五四年一一月二六日までであると認められる。)及び同第2項の事実(本件処分の存在と審査請求を経由した事実)並びに被告が原告に対し、昭和五三年一一月二七日から昭和五四年一一月二六日まで療養補償給付を、昭和五三年一一月二七日から昭和五四年五月一一日まで休業補償給付を、それぞれ支給したことは当事者間に争いがない。
二 そこで、本件処分の適法性について判断する。
(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。
1 原告(大正六年五月生れ)は、昭和五三年一一月二一日、北郷商事こと郡住夫に日給九〇〇〇円の約束で常用土工として雇用され、同日から元請会社である東洋建設株式会社が施行する水道管埋設工事に土工として従事していたが、同月二六日、請求原因第1項記載のような経緯で負傷した。
2 原告は、昭和五三年一一月二七日から昭和五四年一月一八日まで、東京都板橋区所在の志村橋外科病院で治療を受けた。右病院の島田孝医師は、原告の傷病名を腰椎捻挫と診断し、その症状につき、要旨次のとおり診断している。「(一)初診時の状況及び治療経過 第一二胸椎より第四腰椎にかけて鈍痛及び運動痛あり。XP上第一二胸椎の陳旧性圧迫骨折あり。(楔状となる。)L1~5にかけて変形あり。(二)現症及び処置 安静及び鎮痛剤使用。軽快せず。昭和五四年一月一七日コルセット使用するも一進一退す。同年一月一八日、転医。(三)治療効果の有無及びその程度 一進一退して効果は余りないものと思われる。(四)検査を行なっていれば、その成績所見 XP上の所見は前述の如し。(五)治癒見込年月日 昭和五四年三月三〇日ころ。(六)就業治療の可否 軽作業は可能。」
3 原告は、昭和五四年一月一九日から同年四月一一日まで、東京都板橋区所在の都立豊島病院整形外科で治療を受けた。右病院の阿部績医師は、原告の傷病名を腰椎捻挫、変形性腰椎症と診断し、その症状につき、要旨次のような所見を診断書に記載している。「(一)初診時の状況及び治療経過 腰痛を訴えて来院。腰椎の可動域減弱、運動時痛、棘突起の圧痛あり。腱反射の低下あるも筋力正常、坐骨神経の圧痛なし。コルセット着用、服薬を継続。(二)現症及び処置 昭和五四年四月一六日現在、疼痛は緩解し、仕事が出来そうだとの申し出あり。しかし、レ線上は変形性腰椎症の変化が強度で、骨棘形成著明、服薬は四月一六日以後当科では中止。腱反射の減弱は初診時と同じだが、ラセグー陰性である。(三)治療効果の有無及びその程度 治療効果あり。四月一六日現在働けそうだとの患者よりの申し出あり。(四)検査を行なっていれば、その成績所見 手尖床面距離八〇センチメートル、膝蓋腱反射減弱、アキレス腱反射消失、ラセグー陰性、バレー徴候陰性、骨盤捻転試験陰性、知覚正常、レ線上強度の変形性脊椎症の変化あり。(五)治癒見込年月日 昭和五四年四月一六日ころ、転医せるも殆ど治癒。(六)就業治療の可否 恐らく就業可。」
また、同医師は、昭和五四年一二月一八日付け意見書において、「腰痛発症後、約八週後に当科受診の時点では最初の捻挫による疼痛が多少残存している可能性は認め得るが、通常の捻挫による疼痛が、通常の治療を受けた後に四~五か月経ても持続することは考え難く、この場合は非常に強度な変形性腰椎症による疼痛が持続しているものと考える方が自然と思われる。従って、患者が自発的に転医した昭和五四年四月一六日(当院における最終治療日)をもって治癒とすることは極めて自然なことと思われる。」と述べている。
4 原告は、昭和五四年四月一二日から同年一一月二六日まで、埼玉県志木市所在の浅野病院で治療を受けた。同病院の浅野寛四医師は、原告の傷病名を腰椎捻挫と診断し、その症状につき、要旨次のような所見を診断書に記載している。「(一)初診時の状況及び治療経過 腰痛あり、運動時疼痛あり、レ線にて所見はなく、筋部の疼痛と認める。理学療法を施行。(二)現症及び処置 症状の改善あり。軽作業は可能と思われ、他覚所見はほとんどなく、自覚症状のみとなったため、本人に働く様に説明するが、本人は全く働けないと働くことを拒否する。(三)治療効果の有無及びその程度 現在の所見よりは、症状の固定としか認められません。(四)就業治療の可否 就業は可能です。」
また、同医師は、昭和五四年一〇月一九日、池袋労働基準監督署の面接調査を受けた際、調査官に対し、原告の症状につき、要旨次のような所見を述べた。「(一)初診時の状況及び治療経過 自覚症状の主訴のみである(腰痛、大腿のしびれ、長時間立っていられない)。(二)現症及び処置 理学療法と投薬のみ。(三)検査を行なっていれば、その成績所見 現在特にしていない。必要がない。(四)就業治療の可否 症状固定、就業可能として再三指導し、指示してきたが、医師法をたてに強く診療を主張するのでやむなく診療を継続、休業の不証明に至った。(五)私や事務員、若い先生等に大きな声で強く休業証明を主張しているが、院長又は医師の良心としても休業必要の証明はできない。職員もこわがっており、署の指導を願いたい。」
更に、同医師作成の昭和五四年一一月二〇日付け診断書には、「病名 腰椎捻挫 頭書の疾患にて外来通院加療中である 運動時腰痛を訴えるも他覚的所見なきため今月にて症状の固定とし治ゆとす」と記載されている。
5 原告は、昭和五四年四月一六日、豊島病院の阿部績医師に対し、仕事が出来そうだと申し出た。また、浅野病院の浅野寛四医師は、原告が休業補償給付の請求をするに当たり、同人が昭和五四年四月一二日から同年五月一一日まで腰椎捻挫の療養のため労働することができなかったことを診療担当者として証明したが、同月一二日から同年一一月三〇日までの期間については休業の必要を認めないので、右の証明をしなかった。原告は、右期間中賃金の支払を受けていない。
以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に抵触する供述部分は前掲各証拠と対比して採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、仮に、原告の業務上の傷病が昭和五四年五月一二日の時点で治癒、すなわち症状が固定し、治療の必要がなくなった状態にまで至っていなかったとしても、それに近い状態にまでは回復しており、軽作業は可能であったこと、同年四月一六日には原告自身が阿部績医師に対し、仕事が出来そうだとの申し出をしていることが認められ、これに、業務上の腰痛の症状が軽快するのに一般に必要とされている日数を考慮すれば、同年五月一二日以降は、原告が療養のため労働することができなかったとは認められないと解するのが相当である。原告は、本件受傷当時重労働に従事していたから、重労働に従事しうる程度にまで回復しない以上、労働することができない状態にあり、休業補償給付の支給を受ける権利があると主張するもののようであるが、必ずしも受傷直前に従事していたのと同一の労働をすることができない場合であっても、一定の種類ないしは相当程度の労働が可能で、一般的に労働不能とはいえない状態になれば、療養のため労働することができないとはいえないものと解すべきところ、前記認定事実によれば、原告は少なくとも昭和五四年五月一二日には軽作業に就くことは可能であり、一般的に労働不能の状態にはなかったものと認められるから、原告の右主張は採用できない。また、療養補償給付と休業補償給付とはその支給要件を異にするから、療養補償給付が支給されたからといって、その支給期間中の休業につき当然に休業補償給付も支給されるわけではなく、この点に関する原告の主張(請求原因3の(一))も採用できない。
以上によれば、昭和五四年五月一二日以降の休業補償給付請求につき、療養のため労働することができなかったとは認められないとして不支給と決定した本件処分は相当であり、これを違法としてその取消しを求める原告の請求は理由がないものというべきである。
三 よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢崎博一)